日本や海外で人気が高く、伝説の車と称されることもあるトヨタの「AE86(ハチロク)」の軌跡がタイで紹介されていました。欲しくてもタイではなかなか手に入れることができないと語り合うタイ人の反応をまとめました。
「トヨタ・AE86(ハチロク)」の軌跡 〜生きる伝説と化した最強のドリフトカー〜
「カローラ」といえば、50年以上にわたる長い歴史を持ち、世界中で4,400万台以上も売れたトヨタの大ベストセラーです。
カローラは、その並外れた耐久性で知られており、過去から現在に至るまで人気が衰えません。
カローラはファミリーカーに分類されますが、かつて、80年代にトヨタがカローラのスポーツモデルとして「AE86」を発売したことをご存知でしょうか?
「トヨタ」に関する海外の反応
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kaigai-antenna.comトヨタ・AE86(ハチロク)
「AE86」は、今や伝説のレーシングカー的存在で、モータースポーツをする人にとってはぜひ手に入れたい車の一つとなっています。
なぜ、人々は今でも「AE86」に魅了され、伝説の車として崇めているのでしょうか?
今日はその秘密に迫ってみたいと思います。
「AE86」の誕生
70年代、最大の自動車市場であったアメリカは、アメリカ車、イギリス車、ドイツ車に占められていました。
しかし、そこへトヨタ、ホンダ、ダットサンがほぼ同時に参入し、自動車市場に大きな変化が起こったのです。
丈夫で燃費も良く、アメリカ車や欧州車に比べて価格が手頃な日本車は一気に話題になりました。
こうして日本の自動車メーカーのアメリカ進出は大成功をおさめ、その後、世界各国へ輸出を行うようになったのです。
カローラもこの時期に丈夫で燃費もよく価格も手ごろなファミリーカーとして成功を収めた車種の一つです。
それが、どのように伝説の車へと変化を遂げていったのでしょうか。
カローラは、1983年にデビューした第5世代まではずっと後輪駆動でした。
それが、当時の大量生産システムの普及により、コストの安い前輪駆動の車が増えたことで、カローラも前輪駆動となりました。
しかし、人間が本当にやりたいことを見つけた時、利益やマーケティングのことなど二の次になってしまうこともあるのです。
トヨタは、一般的なファミリーカーでは満足できない車好きのユーザーをターゲットにした、後輪駆動のファミリーカーを作りたいと考えました。
そして、普通のカローラとは構造も基本的なシステムも全く異なる車を開発し、カローラの名前で売り出したのです!!
それが「トヨタAE86」でした。

「AE86」は、エクステリアなどの違いによって「カローラレビン」と「スプリンタートレノ」の2つのバージョンがあります。
「スプリンタートレノ」のシンボルであるリトラクタブルヘッドライト

「カローラレビン」のヘッドライトは通常の固定型ですが、「スプリンタートレノ」の方は、自動車業界に革命をもたらし、今もなおこの車のシンボル的存在であるリトラクタブルヘッドライトが採用されています。
AE86の特徴は?
AE86には直列4気筒、排気量1,587cc、最大出力130馬力、最大トルク15.2kg・m/5,200rpmの4A-GEエンジンが搭載されています。
当時のレーシングカーに比べると小さめのエンジンかもしれませんが、AE86は重量900kg程度の小型車だったことを忘れてはなりません。
足回りは、フロントとバックの比重が50:50となるようバランスよく調整されており、ステアリングの反応も最高で、その運転パフォーマンスにはドライバーたちが衝撃を受けました。
4A-GEエンジン
AE86は、その性能に注目され、様々なモータースポーツの場で活躍するようになりました。
イギリスツーリングカー選手権では、1986年・1987年の2年連続チャンピオンの座に輝いています。
当時、AE86は、二輪駆動であるにも関わらず、ラリー競技でもよく用いられていました。
イギリスツーリングカー選手権で2連覇を遂げたAE86の66番

AE86が活躍したモータースポーツはもう一つあります。
それは「ドリフト」です。
80年代の日本では、サーキットの他に一般道で行われるレースの人気が出てきていました。
特に有名なのが山道で開催される「峠アタック」と呼ばれるレースです。
高度なドリフト技術が要求される峠の競争で、注目を集めたのが土屋圭市氏です。
「ドリフトキング」の異名を持ち、そのテクニックに並ぶものはいないと言われている土屋氏が用いた車両がAE86だったのです。
土屋氏は、峠だけでなくサーキットで開催されるレースにも参加し、数々の栄冠を勝ち取り、一躍その名を轟かせました。
そして、愛車であるAE86も、土屋氏とともにその名を馳せたのです。
土屋圭市氏と愛車のAE86

1987年には、峠アタックの様子をドキュメンタリー形式で記録したビデオ「ザ・峠(Pluspy)」が発売されました。
このビデオには、土屋氏のドリフト技術が23分間たっぷり詰まっています。
土屋氏の活躍は、人気漫画『頭文字D』にも多大な影響を与えました。
頭文字D

『頭文字D』を読んだことがない人にために簡単にストーリーを説明すると、主人公である高校生の拓海が、毎朝豆腐を配達するために父親のハチロク(AE86)に乗って秋名山という山の峠道を走る、というものです。
拓海は、少しでも早く家に帰って二度寝したいと思いながら豆腐の配達をしているうちに非凡なドリフトテクニックを身につけ、「秋名のハチロク」として界隈に名を知らしめることになるのです。
それと同時に、拓海の「豆腐の配達車」であるAE86の名も、はるか遠くまで響きわたりました。
AE86の挑戦
AE86は4年間に渡って販売された後、1987年に生産終了となりました。
その理由としては、トヨタがレーシングカーの要素を完全に排除し、完全なるファミリーカーとしての6代目カローラを発表したことが挙げられます。
しかし、AE86の魅力はファンの中でいつまでも語り継がれ、復活を望む声が後を絶ちませんでした。
そして、20年以上の歳月が過ぎた2009年、トヨタはついにスバルとの共同開発車であるFT86を発表しました。
AE86のスピリッツを受け継いでいるとメーカーがはっきりと宣言しているFT86は、4気筒のエンジンを積んだ2ドアの後輪駆動車です。
2012年には、日本では「トヨタ86」、欧州では「トヨタGT86」、アメリカでは「スバル BRZ」「Scion FR-S」の名で生産が開始されました。
2012年「トヨタ・86」

スバル・BRZ
新しいハチロクが発売されたことを受け、英国生産拠点であるトヨタ・モーター・マニュファクチャリングUKは、土屋圭市氏を招待し、プロモーションビデオをの撮影を行いました。
これがトヨタAE86の誕生から現在までの軌跡です。
多くのファンやレーサーに愛され、漫画にも登場したAE86。
そこから生まれたさまざまなストーリーによって、AE86は他の車とは一線を画した、今も語り継がれる「伝説の車」となったのです。
タイ人の反応
それにしても、改造していないハチロクって本当にレアだよね。
(訳注:MGは中国の上海汽車グループ傘下のイギリスのスポーツカーのブランド)



>もしハチロクが漫画に登場せず、ドリフトキングの愛車でもなかったら、誰も興味を示さなかったかもしれないね。
あの当時の若者の間でカルト的人気車だったから漫画にもなり土屋も乗ってたんだけどね。
イニDの影響力はもちろん疑いもないが
安くてそこそこ走ったからだよ。土屋圭一なんかは解体屋で買った車で練習してたって言ってたくらいだぞ。新車の時はそこそこの人気でしかなかったし。
70カローラのプラットフォームに70時代の派生の4A-Gを積んだだけなんだよ。だからラリー屋なんかが重宝した。
若い奴のしったかぶり?ってやつ。
今の若い世代は当時の中古車屋の車が全部86だったって言っても信じてくれないだろうなあw
そんな時代があったんです。
それは盛り過ぎだ。
いや事実だよ。
実際見ているしね
いやいや、走り屋などの人達の行く専門店みたいな中古車屋なら話はわかる。
「中古車屋の車が全部86だった」ってのはチョット違うと思うよ。
「四駆が流行ってたころ専門店に行けば全台四駆だった」って言うのと同じこと。
その専門店に行けばそうなる。
頭文字Dの影響力やっぱすごいな
自分も正直ハチロクと聞くと真っ先に漫画が浮かぶ
「頭文字D」
「バリバリ伝説」
“走り屋”でもない、
“車好き”でもない人達に、
AE86だのドリフトだの広めた、
漫画/アニメの影響力って凄い。
頭文字D以前から人気があったけどな
人気があったから主人公の車に採用されたんだが
>その運転パフォーマンスにはドライバーたちが衝撃を受けました。
当時はそんな評価の車ではないが?
比較的安価でメカニズムもシンプルだからいじりやすくて
FRでケツが出やすくてみんな飛びついたんだけど。
確かに。
競技と言う点においては同時期販売されてたワンダーシビックの方がはるかに上だった。
わりと最近お遊び用に買ったんだけど、今となっては遅いね
ドリフトは楽しいね
土屋が乗らなくても、他の車好きが放っておかなかっただろうし、別にイニDで主人公車になる前からイニD作者とかはそれ以前の作品で86を登場させたりして車好きが選好する車というイメージができてた。
ワシはインプレッサの方がええけどな
こいつ文太じゃね?
レンタルビデオ屋に、頭文字Dのビデオ借りに行ったんだけど
「か行」探しても全然ないんだよ。で、レンタルビデオ屋の店員は
「あたまもじD」って読んでるんじゃね?と思って「あ行」を確認したら
マジで置いてあってびびったwww
それ「あたまもじ」じゃなくて「イニシャル」って読んでるんじゃね?
懐かしいネタやな、かしらもじD
発売当時は「買い物車」とか「お嬢さん用」と言われ不人気だったのに、変われば変わるもんだ
バブル期ですら、カクカクの古い車っていうイメージだったぞ
それはない
オッサンは2TGとか18RGのほうが好きだ!
稲妻レビン!閃光トレノ!
タイでは70カローラがしばきまわされているイメージ
エンジンがクラスター出した浜松のバイク会社のヤツだろ?
コロナに汚染されたクルマなんて怖くて乗れないわ。
バイクのエンジンってコロナに感染するの?
排煙?排煙?
君の回りに「浜松のバイクや楽器」があると思うけど、どうするつもりなの?
県庁もない田舎のくせに偉そうなこと言うなw
>>「県庁もない田舎のくせに偉そうなこと言うな」
は?私は日本国民で日本のパスポート持っていて日本国籍ですが?
少し勘違いしてない?
いくら日本の田舎でも「都道府県」と言う日本国なんです。
もう少し話しますか?
ヤマハは4A-Gの開発に一切関わってないんだよな。精々86に載ってた初期の奴に付いてた可変吸気機構がヤマハの特許を使わせてもらった位で。
ヒルナンデスにインプレッサで配達してる豆腐屋なら、出てたけどね
130馬力は85じゃないの?
86だよ。
しかし、当時の馬力表示はグロス表示なので、130馬力表示だと実際は110馬力ぐらいなんじゃない?
「いきなり排ガス規制」「国内馬力規制」
これが日本の自動車業界の足を引っ張った。
レビン、トレノ、が。
ファミリーカーみたいな時代もあったね。
イニD最後あっさり終わったよな。
てっきり昔の彼女が再登場とかするんだと思ってた。
シルビアの13とハチロクは、こっちの入力通りに素直に挙動するから
慣れてくると運転が上手くなったように思えるし、
実際ラインどりやハンドルワークが上手くなるんだよ
上の方で今の車と比べて「遅い」ゆうとるやついるけど当たり前だろw
当時よりずっとハイパワーな上に横滑り防止だのアンチロックだの付いてて
早く走れなかったらド下手やんけ
>>当時のレーシングカーに比べると小さめのエンジンかもしれませんが、AE86は重量900kg程度の小型車だったことを忘れてはなりません。
今のダイハツ・タントよりも軽いじゃん。
>フロントとバックの比重が50:50となるようバランスよく調整されており、
ここ、間違ってるよね?
>『頭文字D』を読んだことがない人にために簡単にストーリーを説明すると、主人公である高校生の拓海が、毎朝豆腐を配達するために父親のハチロク(AE86)に乗って秋名山という山の峠道を走る、というものです。
●このストーリー紹介ピントを外しすぎていて、むしろ読んでみたい。
海外から藤原豆腐店を尋ねる人が後を絶たない 漫画のような本当の話…
モデルになった店はもうないんじゃなかったっけ?
ハチロクってトレノよりレビンのことだった。トレノはぶつけたら修理費が高くつくので走り屋はみんなレビン。実際中古ではレビンの方が高かった。当時は「カローラにいいエンジンを載せた車種」って感じだった。
しかし中学生の息子に車で深夜配達させるってとんでもないDQN犯罪者親父だよな。よくアニメ化できたもんだ。
FF外から失礼します
還暦間近のおっさんは
TE71が憧れだったな
アルファジュリエッタに似てた
結局バラードスポーツCRXにしたけど
あれもアルファGTジュニアザガートに似てたから
86の現役世代だけど、FRでデビューしたのは良かったが、車重も先々代辺りと比べて軽くはなかった。だからノーマルだとパワーがあるとも思えず、サスもこのテの車としては柔らかく、ハンドリングもアンダーステアでシャープさに欠けていた。全体的にマイルドな味付けだったので、ややスポーティーな普通の車って感じだった。箱根の旧道辺りでは、シビックやパルサーの方が速かった。
何で伝説の車みたいに持て囃されてるのか判らない。
そりゃ、92やFFスターレットの方が速かったよ
86の良さは、中古価格の安さ、アフターパーツの豊富さそしてFRの挙動
峠に200万も300万もする車で勿体なくて思いっ切り走れないじゃん
86は50万とかだったからね。
漫画で人気出てからは高騰して峠で思いっ切り走れる車じゃ無くなった。